柴田 亜衣
1982年~;昭和57年~

専門種目が自由形(中長距離)の元水泳(競泳)選手で、鹿屋体育大学4年生の時に、アテネオリンピック800m女子自由形の金メダリストとなった。また400m及び1500m女子自由形の日本記録保持者である。
福岡県太宰府市出身。3歳のころ北九州市へ引っ越し、近所にあったスイミングスクールに通い始めたのが水泳を始めたきっかけである。小学2年の時に徳島県美馬市へ移り、徳島県立穴吹高等学校を経て、2001年4月に鹿屋体育大学に進学した。
平成16(2004)年に日本水泳選手権で選考基準を満たし、アテネオリンピックの競泳女子400m自由形と800m自由形の代表に選出された。
同年8月21日に行われたアテネオリンピックの800m自由形では、大本命と言われたフランス代表のロール・マナドゥを中盤過ぎの500mあたりからじりじりと追い上げ、残り50mのターン付近で逆転して優勝し金メダルを獲得した。
五輪の女子自由形での金メダル獲得は日本人初である。
優勝直後のインタビューでの「泳ぐ前に先生(鹿屋体育大学の監督・田中孝夫)から『あわてず、あせらず、あきらめず』 という事を頭において泳げ」って言われたんで…」というコメントが、特に繰り返しテレビで放映された。
平成17(2005)年4月、鹿屋体育大学大学院修士課程へ進学するとともにデサント入社。引き続き鹿屋に拠点を置き、教授の田中孝夫コーチに指導を受けた。
2007年、世界水泳選手権メルボルン大会に出場。400m自由形では日本新記録で銅メダルを獲得。1500m自由形でも日本新記録で銅メダルを獲得。しかし金メダルが期待された800m自由形決勝では6位という結果に終わった。
平成20(2008)年4月、北京オリンピック出場をかけた日本選手権水泳競技大会に出場、400m自由形・800m自由形の2種目で優勝。2大会連続で五輪代表に選出。しかし8月の本番では800m自由形で全体の27位で予選落ち。同年12月、現役引退を発表した。
2009年3月、鹿屋体育大学大学院修士課程を修了。以後は平成23(2011)年3月31日に退職するまでデサントで広報などを担当。
以後は、スポーツの普及活動をメインに、水泳の楽しさ、水との親しみ方などを伝える伝道師として幅広く活動中である。
<関連資料>
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参考文献:ウィキペディアの「柴田 亜衣」、鹿屋体育大学のホームページ
(文責:朝倉悦郎)